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2011.10.14調査リリース 3.11震災に関するアンケート


<3.11、その時あなたはどうした?>

2011年3月11日14:46、東日本大震災が発生しました。
その時、小さな子どもを抱える保護者(特に母親)はどうしたのか。

横浜の子育て情報メルマガ「ベイ★キッズめ~る(※)」を運営するNPO法人シャーロックホームズ・ベイ★キッズ編集部(拠点:横浜市西区)では、2011年3月29日~4月2日の5日間、メルマガ会員に対してアンケート調査を実施。計444名の回答を集計しました。

この調査は、「記憶が新しいうちに状況を把握、記録しておくことが、今後の防災対策に役立つ」という観点から、震災のまさにその瞬間の状況と行動にフォーカスをあてた10の選択式の設問と、心理面も含め、自由に記述できるフリーコメント欄で構成されています。
フリーコメントについては、全てを読み込み、要素を抽出してカテゴリー化し、それに基づいて分類しなおし、集計しました。

関係機関に横浜の母親たちの声をお届けし、より安心して子育てができる横浜にしていくことを目的に、今回の結果を公表します。
なお、震災に関するアンケートは今後も継続的に実施していく予定です。

(※)「ベイ★キッズめ~る」とは2007年からスタートした横浜の子育て情報配信メルマガサービスです。

~調査結果要約~

1.質問項目(選択式)よりわかったこと
■その時・・・自宅にいた人が5割、子どもといた人が6割
未就園児は親子一緒に自宅にいた人がさらに多い

地震が起きた時、自分がどこにいたかという問いに対して、48.2%が自宅内、次いで外出先の屋内が28.4%、屋外、乗り物の中にいたのは合わせても17.3%でした。また、未就園児(0-3歳のおもに在宅)の保護者では58%が自宅にいたという結果が出ました。午後2時46分という、お昼寝や夕食支度の前の時間であったことから在宅していた人が多かったと考えられます。

「誰といたか」という問いに対しては、「子どもと一緒」が全体で66%でしたが、未就園児(0-3歳のおもに在宅)の場合は78%にのぼりました。

また、その時子どもは7割弱が保護者と一緒に、3割弱が幼稚園や保育園・学校など自宅外にいました。
その他に、「親以外の保護者(祖父、祖母等)といた」「子ども一人で留守番していた」という回答もわずかながらありました。

■どうした?・・まず、「子どもをかばい」、「安全確保」
とっさにとった行動としては、「じっとしてその場で様子を見ていた」人も23%いたものの、子どもを守ろうとした人がそれを超える27%おり、それに「机の下などにもぐる」「火の始末をする」「戸や窓をあける」などの具体的な安全行動をとった方も加えると58%の方が行動を起こしています。
また、家にいたら外に、外にいたら中に、車にのっていたらとめる、降りるなどの退避行動をとった方も8%いるので、そちらも加えるとさらに安全行動をとった方は増えます。ただ、「とりあえず外に出たが、それでよかったのかわからなかった」などのコメントもあり、安全行動だいうと自信をもって行動した方ばかりではないようでした。

記憶がないほどのパニックになった人及び、揺れを感じている時に安否確認をした人はほとんどいませんでした。

■どうした?・・・次に、「安否確認」と「情報収集」
⇒安否確認は携帯電話が圧倒的

揺れが落ち着いたとき最初にとった行動は「家族やまわりの人の安否を確認した」や「電話をかけたり、メールを送った」の合計38%の人が安否確認でした。
安否確認の方法は、57%が携帯電話を使用、固定電話は13%でした。

⇒情報取得はテレビで
携帯とカーナビのテレビもあわせると、62%の人がテレビで情報を得ようとしています。ラジオはカーラジオとラジオ合わせて13%。PC,携帯合わせたインターネット情報からが16%でラジオの13%を超えています。

2.フリーコメントより見えてきたこと

■家族と連絡がとれない中、ひとりで子どもを守らねばならぬストレス・不安
■市による的確な情報提供と使える防災訓練へのニーズ
■わが家の防災対策見直しへの意欲

横浜では震災(地震・津波)の直接の被害はさほどありませんでしたが、電車が止まり、携帯や固定電話は通じず、一部エリアでは停電となるなどの支障が生じました。
東京に通勤する人も多いこのエリアでは、その日のうちに家に帰れない「帰宅難民」も発生しました。
そんな中、夫が帰ってくるかこないかもわからないまま、ひとりで子どもを守らなければならないというストレスや不安を多くの母親たちが抱えました。横浜は、専業主婦率が高いエリア(0-2歳の保育園利用割合が13.6%※)です。核家族化が進み、近くに親戚もおらず、地域のつながりもないまま、都心に通勤する夫がでかけた後は、日中ひとりで子育てしている母親も多くいます。
また、働く母親も通勤距離が長く、緊急事態にすぐお子さんをひきとりにいけない。今回自分自身が帰宅できなかったというコメントを書かれた方も少なからずいました。

通常の情報ツールが使えないときの防災無線や広報車への要望、横浜市の津波対策に関する情報開示、避難場所の再考、避難訓練の実施を求める声があがっています。

また、自分や家庭の防災対策を見直したいという積極的な意見も目立ちました。災害そのものへの備えだけではなく、情報を含めたライフラインが断たれたときにどうすればいいのか。その観点で我が家の防災対策を見直したいというコメントを書いた人も多く見受けられました。
実際、備えてあった人ほど、いざ地震がきたとき、不安が少なかったとのコメントもありました。
まさに「備えあれば憂いなし」です。

地域や周囲の人とのリアルな関わりの重要性を再認識した人もいました。

※よこはまこども青少年白書(横浜市:2008年)より

<<調査概要>>
「震災に関するアンケート<3.11その時あなたはどうしていた?>」
■調査方法:メルマガ会員向けインターネット調査(セミクローズド)
■調査対象:メルマガ会員1,834人(横浜市内在住の妊娠中~小学生を持つ保護者)
■実施期間:2011 年3月29日~4月2日、5日間
■回答数:444(有効回答数) うち、95%が女性(母親) 回答率 24%

~調査結果詳細~

◆あなたの年齢(n=444)震災アンケート

◆子どもの人数(n=444)

 

◆子どもの属性(n=548 複数回答可)

◆問1.その時(3月11日14:46頃)、あなたはどこにいましたか?
(n=548 ※子どもの属性からみたクロス集計)

◆問2.その時、お子さんはどこにいましたか?(複数回答可)

◆問3.質問2で「4.子どもだけで出かけていた」と答えた方へうかがいます。お子さんがどこにいたか知っていましたか?(n=13)
知っていた  84.6%
知らなかった 15.4%

◆問4.その時、あなたは何をしていましたか?(n=444)

◆問5.その時、あなたは誰といましたか?
(n=513 ※子どもの属性からみたクロス集計 ※無回答33件を除く)

◆問6.あなたは、その地震に気がつきましたか?(n=444)
気づいた  98%
気付かなかった  2%

◆ 問7.前の質問で「1.気がついた」を選んだ方にうかがいます。地震が起こってから揺れがおさまるまでの間、あなたは「とっさに」 どんなことができましたか?あなたが最初にとった行動を教えてください。
(n=444)

◆問8.その後、少し落ち着いた時にとった行動は何ですか?(n=444)

◆問9.直後に、誰かと連絡をとりあった際、何を用いましたか?(n=650 複数回答可)

◆問10.地震直後、この地震に関しての情報を何から得ようとしましたか? (n=548 複数回答可)

◆今回の震災であなたが思ったこと、感じたことなど自由に記入してください。(自由記述)
①自分では解決不能な災害時の問題点指摘や提言 173
メディア(情報媒体)への言及
・災害時は携帯や固定電話が使えないので、連絡を取るのがほんとに難しいと思った。
・停電になり、断水になり、乾電池を使って懐中電灯のラジオを使って情報を得ました。
・家族との連絡に、ツイッターやスカイプなどネット経由の方法を知っておけばよかった。
・ラジオの情報は震源地付近ばかりで、自分がいる地域の事がわからず不安だった。
・正しい情報が入ってこない。計画停電のグループ割にしろ、報道されていないことにしろ。
・緊急地震速報が発令されたら自動的に鳴る携帯に機種変更しようと思っている。

行政や企業、学校等への不満、提言
・横浜市の津波に対する防災対策を教えてほしい。
・中区の避難場所が山下公園と横浜公園だが、今回の津波が襲ってきたらひとたまりもないと
思った。
・避難場所が川のそばで氾濫が心配だが、どこに聞けばいいのかわからない。
・各地域に、災害時等に役所から直接避難警報が聞けるようなシステム作りをして欲しい。
・地震後に停電したが、いつ復旧するかの情報がなかったので、広報車などで知らせてほしかった。
・子どもが集団下校も防災頭巾もなしに帰ってきたのに驚いた。
・保育園の緊急連絡網が使えなかった。
・園にはツイッターアカウントをとる、横浜市で保育園サイトを立ち上げ各保育園が状況を入力できる体制にする、などの対策が欲しい。

子ども連れ特有の困難さ
・子どもを抱えながら隠れる逃げるなどのとっさの行動が思った以上に難しいと思った。
・災害時の子供用品不足に困った。
・息子は食物アレルギーがあり、災害時の食事が心配。

帰宅困難問題
・帰宅難民になり、子どもを迎えに行くことが出来なくなった。
・歩いて帰れるところに転職を考えている。

生活の不便さ、物資不足、計画停電、断水等

②自分や家庭の災害対策の反省・見直しへの意欲 172
防災対策の見直し
・避難用具の準備・見直し、避難場所の確認。
・普段から災害時の行動について家族と打ち合わせをしておくべきだと思った。
・勤務先から保育園までの徒歩での経路を確認しないと。
・家具などが倒れないようにする。

自分の意識や行動への反省
・いざとなると慌ててしまって、外に飛び出すだけで精一杯だった。
・公園にいたが、どこが安全かとっさにわからなかった。
・普段からどこが安全かを見る癖をつけたい。

③親自身の恐怖・ストレス・未来への不安 151
・度重なる余震の恐怖。また、今後更に大きな地震が起きたらと思うと怖い。
・家族、知人と連絡が取れない事が非常に不安だった。
・原発問題が起こす、今後の日本や世界の状況、何より子孫存続に危機を大きく感じる
・津波の恐ろしさを痛感した。

④子どもを守ろうという決意や自己肯定 36
・日常も災害も、子どもを守るのは(夫ではなく)私(母親)だ。
・ニュージーランド地震後、遊び感覚で子どもにテーブルの下に隠れる練習をしていたので、子どもも自分もあわてることなく対処できた。
・意外にいざという時は自分もなんとかできるものだと思った。

⑤ 地域のつながりの重要性再認識・保育園等への感謝 27
・子供を預けていた保育園の先生方の対応が親切だった。
・隣の方が声を掛けてくれてそれだけでとても安心出来た。
・停電中は近所のママ友達と助け合いが出来て、日頃のお付き合いは大事だなと実感した。

⑥日本復興への思い・節電や募金などへの意欲 24
・今、自分にできることをして(節電、募金等)少しでも被災地の復興の手助けになればいいと思う。

⑦子どものストレス症状への言及やストレス軽減への配慮  20
・子供がストレスから、指しゃぶりが酷くなった・泣くことが多くなった。
・地震後のニュースは子供達にショックを与えるため、見ないようにした。

⑧その他 32
 

【当リリースに関する問い合わせ】
ベイ★キッズ編集部 担当:東(アズマ)
info@baykids.jp